ベラスケスのマルガリータ(全編)

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オーストリア・ハプスブルグ王家の多くの至宝のひとつに、ベラスケスが描いた「白衣の王女マルガリータ」があります。

7年前になりますが、京都国立博物館で開催された「THEハプスブルグ」展で、「白衣の王女マルガリータ」(ウィーン美術史美術館)を鑑賞することができました。

ベラスケスは、17世紀に活躍したスペイン・ハプスブルグ王家の宮廷画家です。

そして、「画家の中の画家」と呼ばれたベラスケスが、晩年に描いた肖像画の傑作が、王女マルガリータの肖像画といえます。

王女マルガリータについては、そのあどけなさや愛らしい表情、そして可憐で豪華な宮廷衣装から、時代を超えて根強いファンが世界中の多くの国にいるようです。

おそらく、ベラスケスが描く王女マルガリータには、洋の東西を超えた、世界中の誰もが愛らしく素晴らしいと感じる普遍性が含まれているためではないでしょうか。

ベラスケスが描いた王女マルガリータの肖像画は、3歳、5歳、8歳、そして10歳の時に描かれた合計6点の作品が残されています。

その中でも、ベラスケスの代表作と言える5歳の王女マルガリータを描いた「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」は、横長が3m弱、縦長が3m以上もある大作で、スペインのプラド美術館が門外不出の作品として所蔵しています。(下の写真)

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「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」は、5歳の王女マルガリータが画面の中心になるように構成されていて、マルガリータのあどけない表情と、王女の確たる威厳が的確に表現されているように思われます。

そして、この「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」とほぼ同じ時期に描かれたとされる肖像画が、京都国立博物館で鑑賞した「白衣の王女マルガリータ」(ウィーン美術史美術館)です。(下の写真)


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「白衣の王女マルガリータ」と「ラス・メニーナス」で、王女マルガリータが同じ白いドレスを着用している点が大変面白く、興味深いものがあります。

ウィーン美術史美術館には、この5歳の「白衣の王女マルガリータ」以外にも、3歳と8歳の王女マルガリータの肖像画(合計3点)が所蔵されています。

これら3点の王女マルガリータの肖像画がスペインではなくウイーンにある理由は、王女マルガリータがスペイン・ハプスブルグ王家からオーストリア・ハプスブルグ王家に嫁ぐ前に、お見合い絵画(今ならお見合い写真ですね。)として贈られた経緯があるためです。

そして、先の「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」と10歳の肖像の「赤いドレスのマルガリータ」の2点の作品は、王女マルガリータの出身地のスペインのプラド美術館が所蔵をしています。

ただ、10歳の「赤いドレスのマルガリータ」(下の写真)だけは、ベラスケスが制作途中に絶命(1660年)したため、弟子たちが作品に加筆して完成させたと言われており、作品の評価は定まっていないところがあるようです。

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そして、最も幼少の頃の3歳の時に描かれたもう一点の肖像画の「王女マルガリータ」は、フランスのルーブル美術館が所蔵しています。

このような計6点(3歳:ウィーン美術史美術館とルーブル美術館、5歳:ウィーン美術史美術館とプラド美術館、8歳:ウィーン美術史美術館、10歳:プラド美術館)のベラスケスの王女マルガリータを訪ねて、ウィーン、プラド、ルーブルとヨーロッパを代表する美術館を巡る観光客も多いように聞きます。

このうち「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」だけは、物理的に大作であることと、なによりスペインの至宝でもあることから、おそらく今後とも直接プラド美術館に出向かなければ実物と出会うことはできないものと思われます。

ただ、「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」以外の王女マルガリータの肖像画は、運がよければ日本に居ても鑑賞するチャンスはありそうです。

私の場合は、3歳の肖像画のうちの一点の「王女マルガリータ」は、25年前に直接ルーブル美術館で鑑賞できるという幸運に恵まれました。(下の写真)

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そして、もう一点の3歳の肖像画の「薔薇色のドレスのマルガリータ」(ウィーン美術史美術館)は、10年程前に兵庫県立美術館で鑑賞することができました。(下の写真)

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また、8歳の肖像画の「青いドレスのマルガリータ」(ウィーン美術史美術館)は、ずいぶんと前になりますが、神戸市立博物館で鑑賞した記憶があります。(下の写真)

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そして、2010年には京都国立博物館で、5歳の肖像画の「白衣の王女マルガリータ」(ウィーン美術史美術館)を鑑賞することができたので、私は合計4点の王女マルガリータに出会うことができたというわけです。

私の王女マルガリータを巡る旅もあと残り2点だけとなったわけですが、「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」については、世界三大絵画のひとつともいわれており、王女マルガリータの存在を超えた、スペイン・ハプスブルグ王家の威信をかけた大作でもあります。

その画面の構成や物語性には、スペイン・ハプスブルグ王家にかかわる多くの謎が含まれているとも言われており、絵画好きであれば一生に一度は目にしておきたい芸術作品といえそうです。

そして、運よくプラド美術館に行くことができた人なら、ベラスケスがスペイン・ハプスブルグ王家の宮廷画家であっただけではなく、王家を支えていた王室配室長(内政と外交の最高責任者)の重責を担っていたことも見逃してはならないと思われます。

つまり、ベラスケスが宮内庁長官の立場から王女マルガリータを描いていたとしたら、私たちの「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」を鑑賞する眼も自ずと変わってくるのではないでしょうか。

ひとつの仮説ですが、晩年のベラスケスが1656年に大作「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」を描いたその理由は、後継者問題に悩んでいたフェリぺ4世(王女マルガリータの実父)がその時点で出していた「王位継承」に対する答えではなかったのかということです。

つまり、フェリぺ4世(王女マルガリータの実父)は、幼少でしかも王女のマルガリータをその時点での王位継承者として考えていたのではなかったのか。

ベラスケスが描いた王女マルガリータの肖像画の中でも、「ラス・メニーナス(宮廷の女官たち)」と「白衣の王女マルガリータ」の5歳の頃の肖像画が、最も素晴らしい作品に仕上がっているのは、このためではないかと私は考えています。

その後、フェリぺ4世(王女マルガリータの実父)に王子(カルロス2世)が生まれ、王女マルガリータはスペイン・ハプスブルグ王家からオーストリア・ハプスブルグ王家へと嫁いで行くことになります。

フェリぺ4世(王女マルガリータの実父)の後継者となったカルロス2世(王女マルガリータの弟)は、生まれつき体が弱く、子供がもてなかったため、その逝去をもってスペイン・ハプスブルグ王家は消滅してしまいます。

一方、王女マルガリータは、嫁いだ先のオーストリア・ハプスブルグ王家のレオポルド1世との間に一人子供をもうけますが、自らは22歳という若さで逝去してしまいます。

そして、後継者がいなくなった後に起こったスペイン王位継承戦争では、次期の王として亡き王女マルガリータの孫が候補に挙がりましたが、その王子もやがて逝去し、スペイン・ハプスブルグ王家の王位継承者は誰もいなくなってしまいました。

これをもってスペイン・ハプスブルグ王家は名実ともに消滅することになり、スペイン・ハプスブルグ王家と王女マルガリータの面影はベラスケスの絵画の中だけに留め置かれることになりました。

世の栄枯盛衰は必定ですが、ベラスケスが描いた王女マルガリータはどれも愛らしく、そのあどけない表情だけは、今も鑑賞する人に穏やかさと和みを与え続けてくれているのではないでしょうか。

スペイン宮廷画物語―王女マルガリータへの旅 西川和子著より

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by kokokara-message | 2017-10-20 23:38 | 我流絵画論