小津安二郎の言葉(新版)


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「どうでもいいことは流行に従い、重大なことは道徳に従い、芸術のことは自分に従う。」

これは映画監督小津安二郎の言葉です。

小津にとっての「芸術」とは映画であり、映画は小津のライフワークでした。

「どうでもいいことは世の中の流行に従う」とは、今風に言うのなら瑣末なことは社会的文脈から判断し、スルーした方がいいということになるのでしょうか。

どうでもいいこと(大抵のことはどうでもいいことですね。)に逆らうよりも、とりあえず合わせておく方が無理のない効率的な生き方ができるということです。

そして、道徳は社会における人間関係を処するルールといえますが、同時に時代や社会によって様々に変化していく流動的な行動規範でもあります。

つまり、道徳とは今自分が所属している時代や社会に適用されている、目には見えない社会的制度ということになると思われます。

小津が言う「重大なこと」とは、このような社会的制度に関わる大事であって、この場合はただ流れに合わせるのではなく、今自分が所属している時代や社会の「道徳」に従い、適切に振舞うということになるのではないでしょうか。

最後に小津が言う「芸術」は言うまでもなく映画の創造であり、「自分に従う」ということになります。

創造的行為は、自分と他者(社会)との関係性を十分に認識した上でも、他者(社会)との差異をいかに創出するかという営為に尽きると思われます。

他者(社会)と同じではない、つまりコピーではない亜種が生まれた時、初めてそれが創造的行為と呼ばれることになるのではないでしょうか。

ただし、創造的行為には、スタンダード(世間)からの破たん(ズレ)という大きな痛みが伴うことになります。

このため、スタンダード(世間)からの破たん(クレパス)は、必ずしも大きければ良いということにはなりません。

流行や道徳を参照しつつも、スタンダード(世間)から破たん(ズレ)してしまった感覚を、今一度スタンダード(世間)の中に回収することができた時、破たん(ズレ)の痛みは「逸脱」から「個性」と呼び名を変えることになるのではないでしょうか。

小津が言う「自分に従う」とは、おそらくこのようなスタンダード(世間)との拮抗関係を克己していく、長くて孤独な、それでいて至福でもあった「自分との闘い」のことではなかったでしょうか。

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by kokokara-message | 2015-11-27 23:59 | 我流映画論