世間の無常ということ(全編)

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奈良の近鉄飛鳥駅から歩いて30分ほどのところに川原寺跡があります。

川原寺は、天智朝の時代に、斉明天皇が営んだ飛鳥川原宮の地を寺としたのが始まりとされています。

そして、天武朝の時代には、川原寺は官寺の代表として、四大寺(大官、飛鳥、薬師、川原)のひとつに数えられます。

平城京遷都では、大官大寺は大安寺として、飛鳥寺(法興寺)は元興寺として、薬師寺は薬師寺として移転しますが、川原寺だけが飛鳥の地に残ります。

現在では、川原寺跡に建つ弘福寺(ぐふくじ)が川原寺の法灯を今に伝えています。
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ところで、初期仏教寺院の伽藍配置は、塔と金堂が南北一直線に並ぶ四天王寺様式が一般的とされていました。

しかし、天智朝(662~671年)創建の川原寺は、塔と金堂が東西真横に並ぶ(正確には一金堂が北側にある一塔二金堂)独自の伽藍配置になっています。

これは、四天王寺様式を90度回転させたのと同じ形で、現在の世界文化遺産法隆寺で見られる塔と金堂が東西真横に並ぶ伽藍配置ととても良く似ています。

ご存知のように、元々法隆寺は、塔と金堂が南北一直線に並ぶ四天王寺様式でした。

法隆寺若草伽藍です。

しかしながら、若草伽藍は、天智9年(670年)に焼失します。

そして、焼失後すぐに法隆寺が再建されたとしたら、先の川原寺の建造時期と重なることになり、再建法隆寺が川原寺の伽藍配置の影響を受けたとしても不思議ではないと思われます。

つまり、法隆寺の塔と金堂が東西真横に並ぶ日本独自の伽藍配置は、川原寺の一塔二金堂の伽藍配置を参考にして建立されたのではないかという仮説です。

さらに、蘇我馬子が6世紀末に創建した氏寺の飛鳥寺は、一塔三金堂の特異な伽藍配置で、川原寺の一塔二金堂に先行する独自性を有しています。

初期仏教寺院の四天王寺様式とは異なった日本独自の伽藍配置は、飛鳥寺から川原寺、そして法隆寺へと続き、7世紀末(天武・持統朝)には朝廷が創建する大官大寺や薬師寺へと引き継がれて行くことになります。
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川原寺跡の南側の県道をはさんだすぐ向こう側に、聖徳太子生誕地とされる橘寺があります。

県道から橘寺へと至る道の入り口付近に、下の写真の万葉歌碑が建立されています。
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原文では、 世間之 繁借廬尓 住々而 将至國之 多附不知聞   作者不詳

読みは、「世間(よのなか)の、繁(しげ)き刈廬(かりほ)に、住み住みて、至らむ国の、たづき知らずも」となっています。

意味は「うるさい仮住まいのような人の世に住みつづけていて、これからどんな様子の国へ行きつくのかも分からない」というものです。

万葉集の注によれば、世間(世の中)の無常を厭(いと)う歌として、川原寺の仏堂にあった琴に書かれていたとされています。

おそらく、川原寺に関係する人が世間の無常を嘆いて琴に落書きしたものが、万葉集に取り上げられたのではないでしょうか。

そして、また、多くの万葉歌人が、飛鳥の地を題材として歌を詠んでいます。

川原寺以外にも、歌にゆかりの地には多くの万葉歌碑が建てられています。
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この世間の無常を厭(いと)う歌は、7世紀後半に政治の中心であった飛鳥で暮らしていた人が、当時の心情を込めて詠んだものと思われます。

主題となっている世間の無常感や時代の不透明感は、先の見えない現代とも十分に共通した時代感覚ではないでしょうか。

仕事や恋愛、あるいは政治事情を嘆いてスマホに書き込みをする現代人と琴に落書きをした万葉人との間にどれほどの違いがあると言えるのでしょうか。

1400年の隔世を感じない連綿とした日本人の感性に伝統を感じる一方、日本人はこれだけ長い時間をかけて一体何を積み上げ、何を積み残してきたというのか。
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故阿部謹也氏によれば、世間の無常を歌にする場合でも、万葉集の時代と古今和歌集の時代では無常を感じる背景が異なっているということです。

万葉集の時代には、世間は必ずしも無常(常ならず)なものではなく、無常と感じるのにはそれなりの背景、たとえば恋や人間模様のような拮抗関係があったために無常を感じるということのようです。

これに対して、古今和歌集の時代になると、自分が世間のどこにいるか定かではないが、世間にいることについては自覚できていて、その世間とは拮抗関係をとるのではなく、受け入れざるを得ないことを知っているため無常を感じるという風に変わっていくようです。

現代人にとっての無常は、表層では万葉人と同じように恋や人間模様のような世間との拮抗が背景となって、ままならぬ他者や世間に無常を感じるのではないでしょうか。

表層では、リアリティが明確なモダンな無常と言えるのかもしれません。

しかしながら、現代人の深層では、古今和歌集の時代がそうであったように、自分が世間のどこにいるか定かではないが、世間にいることについては自覚できていて、自分の置かれている立場はあくまでも相対的でしかない(絶対的でない)ことに無常を感じるのではないでしょうか。

そして、世間で起きている様々な事象や事件も、見ている人の心理状態や見る人の角度(価値観)によって様々に変化する不確実性に無常を感じるということです。

つまり、現代人の世間(自分と自分の置かれてる社会)は、どちらかといえば、常ならざるもの(無常)として認識されているということのようです。

深層では、リアリテイが希薄になってしまうポストモダンな無常と言えるのかもしれません。

現代人は、表層(モダン)と深層(ポストモダン)の二つの無常が錯綜する世間を生きることになります。

このため、現代人は自らの足場が定まらない不安定な状況を自で懸命に支えなければならないという矛盾を抱え込むことになり、この不条理こそが現代人が感じている最も深刻な無常といえるのかもしれません。

したがって、ただ手をこまねいて国や社会の行く末を憂うるだけの無常(モダン)よりも、世間は常ならざるものと割り切って十分に距離が採れている無常(ポストモダン)に軸足を置いておく方が、未熟なままの「癒合関係」から、少し孤独で寂しいけれども成熟した「出世間」へと自分を導くことんできる「自由」を手することができると勝手に思っているのですが、さていかがでしょうか。
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by kokokara-message | 2015-09-26 11:24 | 奈良