法人論/岩井克人(4)

資本主義から市民主義へ

法人の成立には、間主観性というよりも、社会的承認が不可欠です。

間主観性とは、後期フッサールの現象学の基本概念である。世界の意味了解は、近代的・合理的・普遍的な認識主体としての個人の主観においてなされるのでなく、超越論的な場における他者と共同体の構成という、複数の主観の共同化による高次の主観においてなされるとした。

法人という制度に関しては、他人による承認、もっと一般的には社会的な承認が絶対に必要になります。

ただ、社会的な承認は移ろいやすいので、それを国家が法律化して、制度として安定化させたものが、法人といえます。

また、情報革命というけれど、人間にとっての最大の情報は、人間の身体です。

従って、資本主義が、差異を発生させる源に接近すればするほど、究極的には直接的な身体産業へと行き着くことになります。

たとえば、最初の言語、最初の貨幣、最初の資本主義が入れ墨(差異)からはじまったこと考えれば当然のことではないでしょうか。

このため、言語、法、貨幣が、個々の人間を超えた存在であることが唯一の救いといえるのかもしれません。

特に言語は、人間にとって神みたいなものです。

なぜなら、言語は遺伝子に書き込まれた情報でも、人間が理性的に作り上げたものでもないという意味では超越性を持っています。

それ自体において一種の超越的な法則性や合理性をもっている存在といえるからです。

まさに、はじめに言葉ありきです。

だから文学が存在するのではないでしょうか。

法人の問題にしても、言語、法、貨幣の問題にしても、やがて人間が死すべき存在であるというところから発生しています。

つまり、死の乗り越えという意味を持っているということです。

ところで、伝統的な経済学では、資本主義とは、契約関係によって成り立っている社会であると考えます。

アダムスミスの見えざる手の原理によれば、資本主義社会においては、各人が自分の利益のみを追求していけば、社会的には望ましい状態が自動的に実現されるということになります。

それゆえ倫理性が必要とされない社会ということになるのですが、資本主義社会には倫理性が絶対に必要と考えています。

つまり、契約関係によって成立する社会であるからこそ、倫理性(契約関係ではない信任関係)が要請されることになるということです。

資本主義的企業活動が盛んになれば、個人だけではなく、団体も契約の主体になることが必要になります。

そこで導入されたのが、法人という制度でした。

しかしながら、法人は生身の人間ではないので、実際に契約を結ぶためには、法人を代表する生身の人間が必要となります。

代表理事(理事長)です。

そして、これらの法人の代表と法人の関係は、契約関係ではなく、信任関係にあるといえます。

たとえば、成年後見人と成年被後見人の関係は、契約関係ではなく、信任関係ということになります。

また、資本主義は分業社会ですから、その発達とともに、人は医者や弁護士やファンド・マネージャーといった専門家のサービスを必要とします。

従って、医者と患者、弁護士と依頼人、ファンドマネージャーと投資家には、仮に契約が結ばれたとしても、信頼によって自分の身体や運命や財産を任すということでは信任関係が含まれざるを得ません。

たとえば、医者が自己利益の追求だけを前提とした契約関係にあるとしたら、人体実験さえやりかねないことになります。

医者は患者に対し、患者の利益のみを考えて行動するという信任義務を負っているということです。

資本主義はほんらい契約社会といわれていますが、その契約関係を拡張すればするほど、つまり分業化されればされるほど、必然的に倫理性を要求する信任関係も拡がっていくことになるということです。

資本主義社会には、自己利益の追求を前提とする契約関係と、倫理的な行動を要求する信任関係の二つの軸があるということになります。

そして、倫理とは、生身の人間が死ぬ存在であることと本質的にかかわったものということができます。

なぜなら、人間が永遠に生きられるとすれば、今何か悪いことをやっても、将来必ず償いができることになるからです。

それは、すべてを、法律的な権利義務関係、経済的な貸し借り関係に還元してしまうことになるのです。

そこでは、ほんとうの意味での倫理性は必要とされなくなってしまいます。

しかしながら、人間は有限な存在です。

従って、自分の行なった行為に対して、どのようにしても償いや返済ができないという可能性が残ってきます。

そこではじめて、本来的な意味の主体的な責任の問題が生じてくるのです。

それが究極の意味の倫理の問題であると思います。

(つづく)

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by kokokara-message | 2011-06-03 23:04 | 読書(法人論)