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とげぬき地蔵・髙岩寺は、JR山手線巣鴨駅から徒歩10分ほどの、旧中仙道沿いにあるお寺です。

東京に来る際には、必ずお参りするようにしています。

その理由は、本当にご霊験があるから。(本当です。003.gif

お参りの際には、ご霊験ある御礼と、そして今後ともご加護をいただきますことをお願いいたしております。

そして、江戸時代から言い伝えのあるご霊験については、髙岩寺誌の「とげぬき地蔵尊御縁起抄」に詳細がありますので、下記に記載します。

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「とげぬき地蔵尊縁起」
正徳三年(1713年)五月、江戸小石川に住む田付又四郎という人の妻は常に地蔵尊を信仰していたが、一人の男子を出産して後重い病にかかり、床に臥してしまった。

諸々の医者が手を尽くしたが、病は悪化の一途を辿った。

夫人はついに臨終を覚悟し、「私の生家には怨霊があって、女はみな二十五歳までしか生きられないと父母から聞いています。姉も二十五歳で亡くなりました。」と夫に伝えた。

田付氏は悲嘆に暮れつつも、この上は妻が日頃信仰する地蔵尊にすがるしかないと、毎日一心に祈願を続けた。

ある日のこと、田付氏の夢枕に黒衣に袈裟をかけた一人の僧が現れ、「私の像を一寸三分に彫って川に浮かべなさい。」と言った。

田付氏が「それは急には成し難い。」と答えると「では印像を与えよう。」と言われ、夢から覚めた。

そして枕元を見ると、何か木のふしのようなものが置いてある。

よく見るとそれは、彫ったものでも書いたものでもない、不思議な地蔵菩薩の御影(おすがた)であった。

田付氏は命の通り、これを印肉にしめして、宝号を唱えながら一万体の御影を作り、両国橋に行き一心に祈願しながら川に浮かべた。

そして翌朝、田付氏は病床の夫人の呼ぶ声に急いで行ってみると、夫人は、「今、枕元に死魔が現れましたが、錫杖を持った黒衣のお坊さんが錫杖で外にドンと突き出してしまわれました。」と告げた。

それから夫人の病は日一日と快方に向かい、その年の11月には床を離れ、以後夫人は無病になったという。

田付氏がこの霊験の話を山高という人の家でしていると毛利家に出入りする西順という僧が、ぜひその御影を欲しいと言う。

田付氏は持っていた二枚を与えた。

正徳五年のある日、毛利家の女中が誤って口にくわえた針を飲み込んでしまった。

女中は苦しみもがくが、医者も手の施しようがない。

そこに西順が来て、「ここに地蔵尊の御影がある。頂戴しなさい。」と一枚を水で飲ませた。

すると間もなく女中は腹中のものを吐き、その中に、飲み込んだ針が、地蔵尊の御影を貫いて出てきたという。

以上は、この田付又四郎が、享保十三年(1728年)七月十七日にみずから記して、髙岩寺に献納された霊験記の一部である。


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ところで、とげぬき地蔵は、曹洞宗萬頂山(ばんちょうざん)髙岩寺という山号を持つお寺です。

御本尊は、「とげぬき地蔵」として知られる延命地蔵菩薩です。

ただ、御本尊の延命地蔵菩薩は秘仏とされていて、ご拝顔することはできません。

また、曹洞宗については不案内なのですが、地蔵尊信仰ということであれば、これは私の信ずる「自己コントロール」にも通じるところがあるように思われます。

地蔵尊信仰とは、おそらく自己コントロールするための「自己意識の修得」がその目的ではないでしょうか。

仏教における唯識思想などの人間心理のとらえ方と近代西洋社会における深層心理学の類似性は、従来から指摘されているところです。

深層心理学は、近代西洋社会においてフロイトやユングらによって試みられた精神分析に基づく構造主義的な「心」の仮説です。

そして、深層心理学でいう「心」の仮説は、仏教の唯識思想などの学問として、東洋世界では千数百年以上前から知られているところでもあります。

「自己意識の修得」というと何か難解に聞こえますが、簡単に言うと自己コントロールするための客観的な醒めた視点の修得になると思われます。

そして、「自己意識の修得」は、あくまでも「自己」のコントロールがその目的であって、直接他者をコントロールする試みではありません。

また、「自己」と「自分」は紛らわしいのですが、おそらく「自己」とは、自分でもなく他者でもないその間に構築された関係性のことではないかと思われます。

少し言い方を替えれば、自分と他者(社会)との間に構築された親和的な関係性が「自己」実現であって、「自己」はそのようなイメージに近いのかもしれません。

そして、他者とは、物理的にも、心理的にも、自分以外の不可侵な存在であって、原則コントロールすることが不可能ということになります。

したがって、他者がコントロール不能な存在ということであれば、「自己」コントロールできるのは自分ということになります。

上記から、自分と他者は排他関係にあると思えるかもしれませんが、自他の関係性からすると、自分と他者は相互依存関係にあると言えそうです。

なぜならば、自分と他者は、お互いが影響し合って変化していく関係性にあり、やがてそれぞれのオリジナルな部分は消失てしまうことになるからです。

そして、自分と他者が影響し合って万物流転していく様を、一望俯瞰しているのが「自己意識」ということになります。

「自己意識」は、時間軸からすると、自他の関係性が万物流転して行く様をじっと見つめ続けている視点ということになり、空間軸からすると、自他の共時的な関係性であるコンステレーション(布置)を読んでいる(俯瞰している)視点ということになります。

繰り返しになりますが、「自己意識」を修得し、「自己」コントロールすることができるのは自分ということです。

つまり、自分が主体的に変化して行くことが、「自己」コントロールに求められているということになります。

そして、たとえ環境(与件)からの制約はあっても、自分が変化できていれば、自他の関係性(つまり、自己ですね。)も変化していくことになります。

「自己」コントロールは、このように展開していくと思われます。

したがって、自己コントロールの意味と目的は、自他の関係性を一望俯瞰できる醒めた視点の「自己意識」を習得し、その監理下で、ある特定の目的に向かって自分経由の自他の関係性(つまり、自己ですね。)の更新を繰り返していくことではないかと考えています。

そして、地蔵尊信仰とは、自己コントロールを通じて、自他の関係性(つまり、自己ですね。)のみならず、遠く離れた人や環境にも自分経由で影響を及ぼしていく営為(菩薩道)のことではないかと勝手に思っているのですが、さていかがでしょうか。
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ただし、いくら自己コントロールを実践しようとしても、それができないことはあります。

自己コントロールのための「自己意識」がいくら大事と言っても、日々暮していれば、自分の役割や責任と言った自分の立ち位置さえ見失ってしまうほど、途方に暮れてしまうことは多々あります。

そして、自分の揺らぎのために、自分経由の自己コントロールができないと判断した時には、迷わず、考えることを一時中断し、助けを求める(すがる)ことが肝要ではないでしょうか。

おそらく、地蔵尊信仰には、自分の頭で考える(自己コントロール)側面と、自分の頭では考えられないためにお地蔵様に「すがる」側面があると思われます。

この両義性は、仏教という宗教が持っている大きな特徴のひとつと言えるのかもしれません。

ところで、故河合隼雄氏によれば、日本人の民族宗教である神道には形式と様式という伝統性はあるが、コンテンツ(中身)は空洞ということを指摘されています。

神道と仏教を比較すると、仏教は多種多様な仏典の系譜に見られるように、どちらかと言えばコンテンツ(中身)重視の考え方があるように思われます。

そして、仏教はコンテンツ(中身)である経典がが多種多様であるがゆえに、世界の多くの地域で受け入れることも可能になったのではないでしょうか。

つまり、仏教は、どちらかと言えば自分の頭で考えることを重視したため、考える人の数だけ多種多様な仏教(宗派)が成立することにもなってしまいます。

しかしながら、いくら仏教が自分の頭で考えることを重視したとしても、到底自分の頭だけでは答えが見つからないということもあると思われます。

答えが見つからないことによる諦観(諦め)は虚無感をもたらすこともありますが、一方では自分の限界をありのまま認識できるチャンスでもあります。

つまり、人は自分の限界を知り、素直に頭を垂れて自分には答えがないと認識できた時、初めて「すがる」という行為に行き着くのではないでしょうか。

したがって、自分の非力が認められず、答えが分からないとその場に立ち尽しているだけでは、自分の思い上がった状況から脱することはできず、「すがる」ことも出来ないということです。

地蔵尊信仰なら、お地蔵様に素直に頭を垂れて手を合わせる「すがる」という行為が、自分の思い上がりや慢心を払拭させる通過儀礼となっており、その結果として迷わない(分相応な)環境を得ることになっているのではないかと勝手に考えているのですが、さていかがでしょうか。

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私は、とげぬき地蔵・髙岩寺では、自己意識を修得し自分の頭で考える「自己コントロール」の側面からではなく、自分の限界を知って思い上がりや慢心を払拭する「すがる」側面からお参りをさせていただいています。

このため、参詣の際には、まず本堂の延命地蔵菩薩にお参りをし、そして洗い観音菩薩のお身拭いをし、両菩薩に「すがる」という儀礼行為を行っています。

そして、お参りを済ませた後には、門前の元祖塩大福を買って、境内近くのベンチで食べることが、もうひとつの儀礼行為になっています。

本堂にお参りをし、お身拭いをし、門前で塩大福を食べるという一連の儀礼行為(ルーティーン)は、私にとってのとげぬき地蔵・髙岩寺参詣の決まった形式と様式になっています。

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現代社会は、多種多様な価値が錯綜したコンプレックス状態にあるといえます。

その原因の一つは、脳化社会が自然状態を凌駕してしまったために、現代人のリアリティが、日常と非日常との間で逆転現象を起こしてしまっていると言うことです。

つまり、幻想のバーチャルリアリティ(非日常)で構成された世界が、現代人のリアリティ(日常)の多くの部分を占めてしまっているのではないかということです。

そして、バーチャルリアリティ(非日常)構成された脳化社会は、現実の中に必ずしも根拠を持たない肥大化した幻想(幼児的万能感)の支配する世界でもあります。

身勝手で同質的な相互承認だけで「自分はえらい」と信じ込んでいる、オレ様化した子どもたちが跋扈する世界と言えるのかもしれません。

したがって、オレ様化した子どもたちの世界では、「自分はえらい」と信じる子どもの数だけ、非日常のリアリティが存在することとなり、多種多様な価値が錯綜したコンプレックスの状態が出現することになります。

多種多様な価値のコンプレックスの状態では、あらかじめ決まったことが決まったようには行われず、従来からの形式と様式を重んじる伝統性は無視されてしまうことになります。

しかしながら、かようなコンプレックス状態にあっても、どこかに決まったことが決まったように行われる、形式と様式が伝統として適用されている空間が残っていれば、そこは脳化社会を生き抜くためのアジ―ル(逃れの街)になるのではないでしょうか。

先に、河合隼雄氏が指摘されたこととして、日本人の民族宗教である神道には形式と様式という伝統性はあるが、コンテンツ(中身)は空洞になっていると引用しました。

おそらく、信仰と言う側面から言うと、宗教の持つ宗教性が最も顕著に現れるのは、信仰のコンテンツ(中身)よりも、むしろ信仰が重んじる形式と様式という伝統性ではないかと思われます。

そして、信仰の目的は「自己の救済」とされています。

したがって、信仰が重んじる形式と様式という伝統性の実践が「自己の救済」につながるのなら、誰もが比較的平易に「自己の救済」へとアクセスすることも可能となります。

さらに、これは信仰だけに限ったことではなく、日常生活の中で行われる年中行事などの形式と様式という伝統性を重んじる態度こそが「自己の救済」につながっていくのではないかと思われます。

つまり、信仰の場だけではなく、日常の中で決まった形式や様式が重んじられ適用されている伝統的な空間(ルーティーン)が、人に居場所や安心感を与えてくれるものであると考えます。

人が安寧を覚えるのは、非日常の特別な恵与ではなく、むしろ決まったことが決まったように行われている何気ない日常(ルーティーン)の有り難さにあるのではないでしょうか。

したがって、人が短い一生で目指せることも、何か特別な経験などではなく、今在る自分の日常(ルーティーン)を大切にしながら日々積み上ていくことと言えそうです。

地蔵尊信仰の「自己コントロール」から始まったこの論考は、「自己の救済」という足場を得て、最後の最後は当たり前な日常(ルーティーン)が一番大事という結論に達することとなりました。

ただし、現代社会では、このような当たりな日常(ルーティーン)が一番手に入りにくい有り難いものであるということも、決して忘れてはならないことですね。002.gif
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by kokokara-message | 2015-10-08 22:43 | 東京 | Trackback | Comments(0)

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ただし、地蔵信仰が目的とする自己コントロールにも、当然限界はあるといえます。

自分の立ち位置さえ見失ってしまうほどに迷ったとき、修行の途上にある弱き衆生たちが救いを求める行為が、「すがる」ということではないでしょうか。

地蔵信仰には、お地蔵様に「すがる」という側面と、自分の頭で考える(哲学する)という側面があると思われます。

この両面性は、地蔵信仰だけではなく、仏教という宗教の持つ特徴といえるのかもしれません。

ところで、河合隼雄氏がその著書の中で指摘されていることによると、日本の民族宗教である神道には形式や様式だけがあるが、コンテンツ(中身)は空洞となっているという特徴を挙げられています。

これに対して、仏教はむしろコンテンツ(中身)が重視されるため、多様性を含有した宗教として世界の広い地域で受け入れられることになったということです。

つまり、仏教は考える人の人数分だけ多様な仏教(宗派)が成立することが可能となり、豊穣なアジアという風土も加わって、多様性が仏教の最大の特徴として反映されているといえそうです。

確かに、仏教は考える(哲学する)宗教ですが、ただいくら考えたとしても、答えが見つからず、どこかで諦めなければならない地点があることもまた事実です。

「なるようにしかならない」という諦観(諦め)は、おそらくため息をつくことしかできないような絶望感と抑うつ的な虚無感をもたらすことになるのではないでしょうか。

このような絶望の淵にあっては、もはや自分の中に残されているものを信じているだけでは、その場から這い上がることさえできないようになってしまうのかもしれません。

このような時に、人間は「すがる」のではないかと思います。

人間が、最後の最後に「すがる」という行為に行き着くということは、人間が自らの限界を知った、謙虚で自然な感情の現れといえるのかもしれません。

私は、とげぬき地蔵・高岩寺では、考えるという側面ではなく、むしろ「すがる」という側面からお参りをさせていただいています。

本堂の延命地蔵菩薩にお参りをして、洗い観音菩薩のお身拭いをして、ただ「すがる」という行為を繰り返すだけです。

そして、お参りをすませた後には、門前にある元祖塩大福を二つほど買って、近くのベンチに腰掛けて食べるのが恒例となっています。

本堂にお参りをして、お身拭いをして、門前で塩大福を食べるという一連の行為は、私がとげぬき地蔵にお参りする時の形式であり様式になっているといえるのかもしれません。

現代社会は、多様な価値が錯綜したコンプレックス状態にあるといえます。

また、現代人のリアリティは、脳化社会が自然状態を凌駕してしまっているため、日常と非日常が反転しているような現実に出くわすこともあります。

つまり、バーチャルリアリティが日常となってしまっているということです。

このように非日常が現実になってしまうと、決まったことが決まったようにできるような空間と決まった形式や様式を持っているということが、現代社会を生き抜くためのアジ―ル(逃れの街)になるのかもしれません。

宗教の宗教性が、最後の最後に行き着くところは、おそらく形式や様式を重んじるということではないでしょうか。

そして、このような決まった形式や様式であるルーティーンこそが、人間に居場所と安心感を与えてくれるものであると思います。

人間が安らぎを覚えるということは、宗教から恵与される特別なことではなく、むしろ決まったことが決まったようにできるという日常性の有り難さにあるのではないかと思っています。

人間が目指すものは、日常性を大切にするという至極当たり前な答えになってしまいました。

現代社会では、このような当たり前な答えが、一番手に入りにくいものとなってしまっているのかもしれません。
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by kokokara-message | 2010-07-08 21:42 | 東京 | Trackback | Comments(0)

とげぬき地蔵にある洗い観音のお身拭いです。地蔵菩薩ではなく観音菩薩です。同じ菩薩道という共通点があるのでしょう。
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とげぬき地蔵は、曹洞宗萬頂山(ばんちょうざん)高岩寺という山号を持つお寺です。

御本尊は、「とげぬき地蔵」として知られる延命地蔵菩薩です。

この延命地蔵菩薩は、秘仏とされています。

曹洞宗について私は不案内なのですが、地蔵信仰ということであれば、私の信ずるところの「自己コントロール」にも通じるものがあると思われます。

地蔵信仰とは、おそらく心理学でいうところの「自己意識の修得」がその目的となっているのではないでしょうか。

仏教における人間心理のとらえ方と近代西洋社会における深層心理学の類似性については、従来から指摘されてきたところでもあります。

深層心理学とは、近代西洋社会においてフロイトやユングらによって試みられた精神分析に基づく構造主義的な心の仮説のことです。

深層心理学でいうところの心の仮説については、唯識思想などの学問として東洋世界の仏教の仏典の中で、千数百年以上前からすでに知られていたところでもあります。

「自己意識」というと何か難しく聞こえるかもしれませんが、簡単に言うと自己コントロールをするための客観的な覚めた視点ということになると思われます。

「自己意識」とは、あくまでも自己をコントロールすることが目的であって、直接相手(他者)をコントロールしようとするものではありません。

自己と自分はまぎらわしいのですが、もちろん自分自身のことではありません。

自己とは、自分と他者の間に構築するものということになります。

自分と社会の関係性(親和性)から成立する「自己実現」が、イメージに近いといえるのかもしれません。

当たり前のことですが、他者とは、物理的にも、心理的にも、自分以外の不可侵な存在であって、原則コントロールすることは不可能な領域にあるものということになります。

従って、コントロールできる対象は他者ではなく自分自身ということになります。

また、自他の関係性からすると、自分と他者は明確に区分できるものとは限らないということです。

つまり、自分と他者はそれぞれが影響をし合って、お互いが変化していく関係にあるということです。

従って、「自己意識」とは、自他が変化していくことによって更新される関係性を一望俯瞰するような視点ということになります。

要するに、「自己意識」は、時間軸からすると、万物流転や諸行無常などをじっと見つめていることになり、また空間軸からすると、布置(コンステレーション)という自他の関係性を読んでいることになります。

そして、「自己意識」から捕捉されている自分は、不可逆的に変化していく自分ではあっても、コントロール不能な他者としてではなく、あくまでもコントロールが可能な自分という位置づけに置かれています。

つまり、自分自身がコントロール可能な対象ということになれば、自分自身を特定の目的に向かって主体的に変化させていくことも可能になってくるわけです。

もちろん、環境(与件)からの影響は受けることになりますが、ある程度自分が主体的に変化していくことになれば、自他の関係性(つまり、自己のことですね)も次第に更新なされていくということになるはずです。

これが、自己コントロールの意味と目的といえるのではないでしょうか。

そして、地蔵信仰の意味は、このような自己コントロールを経由することによって、自分の周りだけではなく、遠く離れた人や環境にも影響を及ぼすような営為(菩薩道)をなすことにあるのではないでしょうか。
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旧中仙道沿いの高岩寺のすぐ近くには、江戸六地蔵が残る眞性寺があります。

江戸六地蔵は旧街道の江戸の出入り口にあったものです。

これは江戸六地蔵であって、とげぬき地蔵ではありません。お間違いなく、念のため。

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by kokokara-message | 2010-07-06 21:06 | 東京 | Trackback | Comments(0)

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とげぬき地蔵・高岩寺は、JR山手線巣鴨駅から徒歩10分ほどの、旧中仙道沿いにあるお寺です。

東京に来る際には、必ずお参りをするようにしています。

その理由は、本当にご霊験があるということ。(本当です)

お参りの際には、ご霊験の御礼と、そして今後ともご加護をいただきますことをお願いしております。

過去から言い伝えのあるご霊験については、高岩寺誌にある「とげぬき地蔵尊御縁起抄」から転記いたします。

「とげぬき地蔵尊縁起」
正徳三年(1713年)五月、江戸小石川に住む田付又四郎という人の妻は常に地蔵尊を信仰していたが、一人の男子を出産して後重い病にかかり、床に臥してしまった。

諸々の医者が手を尽くしたが、病は悪化の一途を辿った。

夫人はついに臨終を覚悟し、「私の生家には怨霊があって、女はみな二十五歳までしか生きられないと父母から聞いています。姉も二十五歳で亡くなりました。」と夫に伝えた。

田付氏は悲嘆に暮れつつも、この上は妻が日頃信仰する地蔵尊にすがるしかないと、毎日一心に祈願を続けた。

ある日のこと、田付氏の夢枕に黒衣に袈裟をかけた一人の僧が現れ、「私の像を一寸三分に彫って川に浮かべなさい。」と言った。

田付氏が「それは急には成し難い。」と答えると「では印像を与えよう。」と言われ、夢から覚めた。

そして枕元を見ると、何か木のふしのようなものが置いてある。

よく見るとそれは、彫ったものでも書いたものでもない、不思議な地蔵菩薩の御影(おすがた)であった。

田付氏は命の通り、これを印肉にしめして、宝号を唱えながら一万体の御影を作り、両国橋に行き一心に祈願しながら川に浮かべた。

そして翌朝、田付氏は病床の夫人の呼ぶ声に急いで行ってみると、夫人は、「今、枕元に死魔が現れましたが、錫杖を持った黒衣のお坊さんが錫杖で外にドンと突き出してしまわれました。」と告げた。

それから夫人の病は日一日と快方に向かい、その年の11月には床を離れ、以後夫人は無病になったという。

田付氏がこの霊験の話を山高という人の家でしていると毛利家に出入りする西順という僧が、ぜひその御影を欲しいと言う。

田付氏は持っていた二枚を与えた。

正徳五年のある日、毛利家の女中が誤って口にくわえた針を飲み込んでしまった。

女中は苦しみもがくが、医者も手の施しようがない。

そこに西順が来て、「ここに地蔵尊の御影がある。頂戴しなさい。」と一枚を水で飲ませた。

すると間もなく女中は腹中のものを吐き、その中に、飲み込んだ針が、地蔵尊の御影を貫いて出てきたという。

以上は、この田付又四郎が、享保十三年(1728年)七月十七日にみずから記して、高岩寺に献納された霊験記の一部である。

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by kokokara-message | 2010-07-04 21:59 | 東京 | Trackback | Comments(0)

浅草とデンキブラン

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デンキブラン?って、ご存知ですか。

浅草の神谷(かみや)バーで120年前に誕生した、ブランデーとジン、ワインなどをブレンドしたカクテルのことです。(下の写真)

当時は、まだデンキが珍しく、ハイカラで見新しいものの代名詞がデンキであったことから付いた名前とされています。

当時のデンキブランはアルコール度数が45度もあったらしく、現在のデンキブランは30度と40度の2種類だけで、度数は少しだけソフトになっているようです。

デンキブランは、少し甘ったるい濃厚な味のするお酒ですが、アルコール度数が強いため、飲むと少し舌がしびたような感覚になります。

このため、デンキブランと生ビールを交互に飲んで口中をマイルドにするという飲み方もあるようです。

しかしながら、私は、デンキブランだけを一口、一口なめるように飲むというのが楽しみといえます。
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また、神谷バーの店内は、その装飾品や食券販売システム、さらに店員のユニフォームまでが昭和ロマンを漂わすレトロなムードで一杯になっています。

そして、その雰囲気は作為的に創作したテーマパークとは違って、本物の昭和(積塵の説得力のようなもの)を感じさせる力強さがあるように思われます。

また、今では懐かしいナポリタン・スパゲティやチキンライスというメニューもあります。(下の写真)

これらのメニューは、驚くほどにシンプルなトマトケチャップソースの味付けとなっています。

複雑な味付けが好まれる今流からすると、単純過ぎるようにも思われますが、昔から変わっていないということ(不変)が、メニューの持つ最大の特徴であり魅力となっているのではないでしょうか。
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話は変わりますが、大阪の四天王寺に至る参道沿いに、桃蔭(とういん)という名前のショットバーがありました。

桃蔭(とういん)は、神谷バーにも通じるような昭和ロマンを漂わせるレトロな店であったと思われます。

その店内は、少しかびの匂いがする潤沢な湿気と蛍光灯から放射される黄色い灯が充満していたように記憶しております。

私は、このバーの雰囲気がとても好きであったことから、足しげく通っていたこともあったのですが、残念ながら数年前に閉店してしまい、今では新しいビルが建っています。

東京の浅草界隈と大阪の天王寺界隈は、おそらく歴史的な形成過程からすると、両者は共通する古層を持った街といえそうです。

浅草が今も現役の歓楽街でありつづけているのに対して、天王寺界隈はその集客力が落ちてしまい、今では昔日の面影はなく、四天王寺という庶民信仰の街として残っているように思われます。

近代は、都市と地方の区分を明確にすることで、国全体の発展を遂げてきた時代であったといえます。

そして、都市と地方の差異が価値を創造するという構造については、おそらくこれからも変わることはないと思われます。

東京は、いうまでもなく日本の首都であって、これからも日本最大の都市あり続けることになると思われます。

一方、大阪はというと、首都に対して地方という関係になり、その中でも天王寺界隈はさらにローカルな位置づけとなってしまっているといえそうです。

変わり続けることが生き延びることであるとするなら、変化とは差異を創出することになると思われます。

つまり、天王寺界隈から歓楽街がなくなってしまったのは、経済合理性の観点から商業施設よりもマンションという住宅の需要が求めらた帰結であるということです。

おそらく、浅草界隈も例外ではなく、変わり続けるということがその運命として位置づけられ、新たな価値の創出を迫られることになると思われます。

但し、変化とは合理化されて淘汰されてしまうことだけをいうのではなく、変わるべきものと変わらなくていいものが、不思議とうまく同居できるような空間を生み出すことでもあると思われます。

浅草は、新旧が同居できるような新しくも懐かしい歓楽街として生き残っていくのではないでしょうか。

現在建造中の東京スカイツリーは、浅草界隈が変わっていくことの象徴と思われます。

そして、この東京スカイツリーを眺めながら、昭和ロマンのただよう神谷バーで、デンキブランを一口、という「温故知新」を味わうことができる日も近いのではないでしょうか。
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by kokokara-message | 2010-06-28 21:21 | 東京 | Trackback | Comments(0)