養老孟司氏の講演会(全編)

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以下は、今から8年程前に某大学で拝聴した、養老孟司氏講演会の講演記録(要旨)です。

養老孟司氏の講演やその著書は、えらそうであるとか、難解であるとか、本質とはかけ離れた曲解がなされていることが多いように思われます。

氏は、自らの言葉で、あたりまえのことを、あたりまえのこととして、平明にお話しされているだけです。

内容は普遍性の高いものであり、8年経過した今でも決して色あせることはなく、ますます輝きを増しています。

当時は気づかなかったことにあらためて気づかされるなど、内容はエキサイトで新鮮そのものです。

それでは、開演時間となりました。

最後までご一読いただきますようお願いいたします。

【開演】

ヒトへの出入力関係からすると、感覚は入力であり、運動が出力という関係になっています。

そして、その間に介在するものが脳であり、脳で意識が発生するということになります。

感覚の入力によって脳に意識が発生しますが、脳は意識が発生する0.5秒前からすでに作動を開始しています。

つまり、意識は脳が作動を開始したことによって発生する関係にあるということです。

脳の一番の特徴としては同じ(同一性)という認識ができることです。

脳の「同一性」という特徴により、いろいろなモノを同じモノとして認識できることが可能となります。

そして、脳の「同一性」の特徴により、いろいろなモノを同じモノとして認識できる機能を持った「言葉」の使用が可能となったわけです。

しかしながら、言葉が使用できることで、脳の他の能力が低下するという結果にもなってしまいます。

脳を動かすということは、観念という意識を発生させるだけではなく、身体を動かすこともまた当然脳を動かすことであります。
  
たとえば、絶対音感とは、音の高低がそれぞれ別の音として認識される能力のことです。

絶対音感と、先天的に動物に備わった機能と言えます。

人間の乳児にも絶対音感は備わっていますが、使用しないとその能力は衰えてしまうことになります。

一方、絶対音感に対して相対音感があります。

相対音感とは、音の高低に支配されずに同じ言葉を同じ言葉として認識できる能力のことです。

つまり、音の高低にかかわらず同じ言葉を同じ言葉として認識できる相対音感を得ることで、言語の使用が可能となったといえます。

このことを文化的・進歩的能力の獲得と思っているようですが、本来動物が保有しているはずの絶対音感が消滅した結果ということも出来ます。

このことからすると、現代人は差異(違い)の感覚能力が劣化し、ダメになってしまったということになります。

ところで、脳の特徴の同じという感覚は、差異(違い)をなくしてしまう非常に乱暴な感覚ではありますが、その結果としてヒトは同一性を前提とする言葉や貨幣を使用することが可能になったということはできます。

(【筆者】蛇足ながら、言葉は概念という同一性を使用し、貨幣は価値という同一性を使用して、いろいろなモノを同じモノと認識させる機能を持った媒体です。したがって、言葉や貨幣は交換(コミュニケーション)を促進させるものと言えます。)

考古学的には、新人類のホモサピエンスがはじめていろいろなモノを同じと認識する能力を取得し、言葉や貨幣の使用が可能になったと言われています。

一方、旧人類のネアンデルタールの脳には同じという能力は備わっていません。

ネアンデルタールの遺跡から出土する遺物はその目的が想像できるものばかりで、貨幣のように「象徴」を表すような遺物などは出土しておりません。

このことからネアンデルタールは、言葉や貨幣を使用できなかったと考えられています。

ホモサピエンスの脳は同じという能力を獲得することで貨幣や言葉が使用できるようになり、交換(コミュニケーション)が可能になったということがいえます。

そして、貨幣や言葉の同じにするという能力を進歩や便利と思っているようですが、この同じという能力を突き詰めてゆくと、論理的には宇宙を統括する唯一絶対神にまで行き着くことになります。

つまり、西洋社会が発見した一神教の世界観があるということです。

ところで、NHKの報道は、公正中立であると言われています。

しかし、NHKの報道の視点もひとつの視点でしかなく、他のある特定の個人の視点とは等価の関係にあり、決してNHKだけが公平・客観・中立ということはできません。

つまり、一人ひとりは「視覚的」には違うものを見ているはずなのに、言葉や情報にすると同じことを表すことになってしまうということです。

個性が大切といわれますが、個性とは遺伝子であり身体そのものであるということです。

ナンバーワンよりオンリーワンという表現がありますが、普通ナンバーワンといわれるようなヒトは稀にしか存在しませんが、オンリーワンとはモノや身体でいうとあたりまえのことであり、ただのモノやただのヒトという意味のことでしかありません。

感覚の世界では、モノやヒトはすべて違っていることが当たり前ですが、脳内の「同じ」という働きによって、概念という言葉の同一性や価値という貨幣の同一性を使用することが可能となります。

人それぞれ感覚がバラバラであるはずなのに、同じにできるという感覚こそが「共感」できるということであって、「ありがたさ」にもつながるということになります。

しかしながら、言葉は止まったものです。

これに対してヒトは変化します。

このことから、人と人が交わす約束とは、変わってしまう自分を止まった変わらない言葉に結びつける行為ということができます。

現代人は、言葉は使い捨てであって、自分のほうが変わらないと考えているようです。

噂話では、話し言葉の記憶に頼ることになるため、結局相手が自分程度に記憶力が悪いと思える(リスクヘッジできる)ことで成立している関係性といえるのではないでしょうか。

しかし、ヒトはひたすら変わっていきますが、言葉は止まったまま変わりません。

情報化社会での情報は変わらないことがその特徴であって、変わるのはあくまでヒトです。

情報が変化するのは、ヒトが情報に手を加えるから変わるだけであって、変わるのはあくまでヒトということになります。

本来、ヒトの感覚はバラバラです。

にもかかわらず、言語によるコミュニケーションで共感できるのは、バラバラな感覚が同じと思えるためで、これが安心感につながっていると思われます。

つまり、感覚が違っていることが当たり前なのに、そのことを忘れて「共感」したような感覚になることで、安心や安全を得ているということではないでしょうか。

現代人は、とても不安です。

したがって、安全や安心が欲しいと考えています。

また、現代人は自分の頭の中で考えていることの外側に出ることを知らないように思われます。

自分の外側の見えない世界に一歩踏み出すことを勇気と呼ぶのでしょうが、現代人にはそのような勇気が欠けている一面があるように思われます。

安全第一の世界の中にいると、本来一人ひとりがバラバラな感覚であるという基本的な原則を忘れてしまい、皆が同じ感覚であるはずという思い込みに陥ってしまうことになります。

このため、安全第一の中にいると、同じであることを求めるあまりに、少しでも差異があると不安がわいてくることになります。

もともと一人ひとり感覚に差異があるのは当たり前であって、差異に不安が伴うのは当たり前の状態であるといえます。

しかしながら、皆と感覚が同じでないと気がすまなくなり、このため差異に伴う不安をつぶさないと前にも進めなくなってしまい、さらなる否定的な(ネガティブな)感情をつぶさなくてはいられないという感覚の循環(思考の連鎖)に陥ってしまうことになります。

これが皆と同じでないと気がすまない(不安である)という感覚のようです。

これは、テレビの影響として考えられます。

テレビの映し出す映像はあくまでひとつの視点でしかないはずなのに、皆が同じ映像を観ることによって同じ視点が共有されて、感覚も同じであるという勘違いが生じてしまうことになります。

つまり、感覚は人それぞれバラバラであるはずなのに、皆一緒という認識がされてしまうということです。

教育を考える場合でも、現代人は皆一緒という感覚を持っているという認識を基点として出発する必要があるように思われます。

つまり、昔のように人やモノはバラバラであり多様なものであるという認識からはじめるのではなく、皆一緒という視点から教育をはじめないといけなくなってしまっている現実があるということです。

学校での徒競走で生徒が手をつないでゴールするということからは、何も生まれてこない、何もやっていないことと同じといえます。

また、機械(コンピュータ)を丈夫にすると、人間は壊れると言われています。

つまり、文明(コンピュータ)と人間は相互補完の関係にあるといえるのですが、このことから、まともなヒトの感覚では文明(コンピュータ)は発達することになってしまうため、逆に役に立たない人間を育てることにもなってしまうということです。

便利な生活をすることで、人間はやがて役に立たなくなり、壊れてしまうのではないかと考えることもできるということです。

しかしながら、一方では脳も社会もシステムとして機能していることからすれば、働かない部分にも何らかの意味があるというように考えることもできるということではないでしょうか。

(おわり)

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by kokokara-message | 2016-07-24 09:07 | 養老孟司講演会 | Trackback | Comments(0)