
ワイラナ・コーヒー・ハウスは、ワイキキの中心から少しアラモアナ地区寄り、ちょうどヒルトン・ハワイアン・ビレッジの山側にあたる、アラモアナ通りの向かいにあります。
ワイラナ・コーヒー・ハウスは、ローカルだけではなく、メインランドからの観光客にも人気があり、店内はリゾート気分の人たちでいつもにぎわっています。
日本人観光客はというと、ワイキキ周辺という立地にもかかわらず、あまり見かけることがないのですが、ご覧のように日本語メニュー(下の写真)も用意されていますので、戸惑うことはありません。

私は、今回朝食を摂る目的でワイラナ・コーヒー・ハウスを訪れたのですが、夕方からのディナーにも人気があるようで、夜遅くまでにぎわっている光景を見かけることがよくあります。
ワイラナ・コーヒー・ハウスのすぐそばには、フォート・デ・ルシーという米軍施設の大きな緑地が広がっています。
フォート・デ・ルシーは、一般市民も利用できるワイキキの憩いの場になっていますが、夜になると街の喧騒のから弾き飛ばされたかのような漆黒の闇がぽっかりと浮かび上がることになります。
夜のワイラナ・コーヒー・ハウスの明々とした店の灯りは、ワイキキの真ん中の漆黒の闇とまるで対照的に、ハワイの安全と豊かさを象徴しているかのようにも思われます。
もちろん、これはハワイの現実の一面に過ぎず、特定のイメージを表象しているだけのことでしかありません。
しかしながら、楽園幻想というフィルターをかけて見るワイキキの風景は、どこを切り取っても、ハワイフリークの期待を裏切ることがない、イメージ通りの景色が用意されているといえそうです。
人は見たいものしか見えない、という限界を持っています。
しかしながら、この枠組みがあることが、人に安心と安定をもたらすことにもなっています。
何事においても、限界があることは知っておく必要があるようです。
限界(畏れ)を知った振る舞いこそが、勇み足とはならない、従ってお互いが安心できる、つまるところは一期一会を大切できる関係性へと繋がっていくのではないでしょうか。
話が少しそれてしまいました。
元に戻しまして、私が注文したのは、ベーコンとスクランブルエッグとパンケーキのスペシャルセット$5.75、(下の写真)です。
これに、コーヒー$1.85をつけて、合計$7.60です。
朝食の値段からすると少し高いのかもしれませんが、コーヒーもパンケーキもおかわりは自由になっています。
ちなみに、私がオーダーしたスペシャルメニューが、この店では一番お得なセットになっているようです。
パンケーキにかけるシロップ(下の写真)は、ご覧のように白い瓶がココナッツミルクシロップで、茶色の瓶がメイプルシロップと記憶しております。

最近は日本でもパンケーキに人気が集まっているようですが、従来からアメリカ人はパンケーキやベルギーワッフルが大の好物のようです。
壁のように屈強な体格で、アルコールにストイックなまでの厳格さを保持するアメリカ人が、パンケーキをいとおしそうに小さく切り刻んで食べている光景は、なんとも微笑ましいものを感じます。
また、ワイラナ・コーヒー・ハウスがいつもにぎやかであるのは先に指摘したとおりですが、アメリカ人はとにかく朝食の時間から、よく食べて、よくおしゃべりをする、とてもエネルギィシュな国民という印象を受けます。
しかしながら、周りに迷惑をかけないというマナーは徹底されたものがあり(その分迷惑をかけられたくないというスタンスも徹底されています)、「お先にどうぞ」という謙譲の精神が店の中の基本スタンスになっているといえそうです。
公共空間を大切にすることと、自分自身のエスニックを確保することは、コインの裏表の関係にあるように思われます。
つまり、「お先にどうぞ」というスタンスこそが、自分のニッチを確保するための棲み分けにつながるということです。
多民族国家で暮らすための大切なマナーといえるのかもしれません。
日本はというと、もちろん単一民族国家ではありません。
どちらかといえば多民族国家に近いのかもしれませんが、公共空間の扱い方については、単一民族国家のように「みんなは同じ」という振る舞いがまかり通っているように思われます。
つまり、単一民族神話が幻想であるのなら、「みんなは同じ」も同様に幻想であるはずです。
民族のサラダボールと呼ばれるハワイ社会と多民族国家とされている日本社会では、かくも公共空間の扱い方が相違するのはどうしてなのでしょうか。
おそらく、ハワイでは具体の違い(多様性)をリアルに認識するということが、社会が共有すべき前提になっているように思われます。
だからこそ、多様性を棲み分けるためのマナーとして、「お先にどうぞ」があるわけです。
これに対し、日本では幻想の同一性(自他の曖昧さ)が、社会が共有すべき前提になっているように思われます。
このため、意識して糊代を小さくしないと、リアルな多様性(違い)が、糊代を剥れ落ちさせる原因になってしまうことになります。
現代の日本社会では、糊代の大きさが繋がりの強化になるとは限らないということです。
もちろん、どちらにも一長一短があることはいうまでもありません。
しかしながら、ハワイに滞在していると、アメリカ人の自我の強さに気付くということは多々あります。
これは、アメリカ人の自他を曖昧にしない強固な自我の存在が、日本人にとっては圧倒的なものとして映るからではないでしょうか。
ただ、アメリカ人の自我は強固なだけではなく、先のとおり「お先にどうぞ」というスタンスが基本になっており、柔軟な自我も十全に機能しているように思われます。
多民族国家であるアメリカでは、このような自我の強さと柔らかさを同時に備えておかないと、自分の居場所さえ確保することが難しくなるような、生存競争の激しい社会といえるのかもしれません。
ところで、ご存知のことと思われますが、アメリカ社会にはチィップの習慣があります。
チィップは、飲食代などの請求額の15%を、1ドル単位でテーブルの上に置いておくというものです。
しかしながら、ワイラナ・コーヒー・ハウスでは、下の写真のようにチィップ$2とあらかじめ記載された請求書が、私のテーブルに置かれることになりました。
よくあることなのですが、これはチィップ文化に戸惑う日本人観光客に対して、店側がチィップを摂り忘れのないように講じる自己防衛手段のようなものです。
このようなケースでは、チィップはテーブルには置かず、税金とチィップを含んだ合計金額$18.02をレジで支払うということになります。
もちろん、チィップ文化が共有できているローカルに対しては、チィップを含まない金額が請求されることになります。
ローカルはチィップだけをテーブルに置いて、請求金額をレジで支払うことになります。
チィップ文化は、慣れるまでの間、煩わしい習慣と映るものですが、チィップに親しむことも、また異文化との出会いを身を持って経験できる貴重な機会といえそうです。
ホテルで優雅に朝食バイキングを楽しむことも素敵なことですが、朝からワイキキ周辺を散策して、少しローカル気分でワイラナ・コーヒー・ハウスのパンケーキとコナコーヒー(もちろんピュアコナではありませんが)を味わってみてはいかがでしょうか。

アテンションをいただきありがとうございます。ポチィと応援お願いします。
↓
にほんブログ村